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作家・黒川裕子のブログ

『となりのアブダラくん』を書いたきっかけ~JBBY希望プロジェクト学びの会

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新刊『となりのアブダラくん』には、パキスタンにルーツを持つ小学生の男の子が登場します。その名も「アブダラくん」です(本当の名前はちがうのですが)。

さて、この『となりのアブダラくん』を書こうと思ったのは、2018年9月に聴講したある講演がきっかけでした。

JBBY日本国際児童図書評議会)主催の「JBBY希望プロジェクト学びの会」講演↓

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「海外にルーツを持つ子どもの現状と課題」

https://www.kodomo-nihongo.com/info/lecture/20180901-1.html

 

当時、私はYA短編小説『夜の間だけ、シッカは鏡にベールをかける』(講談社/『YA!アンソロジー わたしを決めつけないで』に収録)の推敲をしている最中でした。

『夜の間だけ、シッカは鏡にベールをかける』の主人公は、ブラジルにルーツを持つ(お父さんがブラジル出身)女子中学生、シッカです。

海外にルーツを持つ子どもたちを取り巻く問題を調べているうちに、JBBYでの田中宝紀さん(NPO法人青少年自立支援センター定住外国人支援事業部責任者)の講演にたどりつきました。

……正直、衝撃を受けました。

日本に住む海外ルーツの子どもの多くが、言語の壁のせいで、学校に在籍していながら十分な教育を受けられなかったり、そもそも学校に行くこともままならない無支援状態に置かれているとのこと。

 

(以下、田中宝紀さんが書かれた記事です)

「学校ではしゃべらない。日本社会の片隅で孤立する「海外ルーツの子どもたち」」

https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/ikitanaka01

「言葉・制度・心の壁に阻まれる海外ルーツの子どもたちの現状―今知っておきたい主な課題とは」

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaiki/20190617-00130483/

「海外ルーツ日本語指導必要な高校生、中退率平均の7倍超える―文部科学省が対策へ」

 https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaiki/20181003-00099197/

 

上記のような話はぼんやりと知っていましたが、実際の統計も交えた講演をきくうちに、血の気が引くような気持ちになりました。

私の予想をはるかに超えた酷い状況がそこにありました。

知らないこともたくさんありました。

(私ときたら、講演をきくまで「やさしい日本語」という言葉すら知らなかったのですから、お恥ずかしいかぎりです。)

 

これから、日本にどんどん移民が入ってくる――そんなニュースをよく目にします。でもそれ以前に、いまこのときに、困っている子どもたちがたくさんいる。まして、これからもどんどん増えていく。

どんなルーツを持つ子どもであれ、社会から取り残されていいはずがないというのは、言うまでもないことです。

 

児童書という観点で考えると、現在日本の子どもたちが手にとる読み物の大多数は、「日本人によって書かれた、日本人のための、日本人を登場人物にすえた物語」です。

でも、日本人って何でしょう?

「日本人」という言葉が持つ意味が、いま変わりつつあります。

講演後、海外にルーツを持つ子どもの話を長編で書かなくては、と(私にはめずらしく)固く決めていました。

黒川はエンタメを得意とする物書きですので、私なりのやり方で、深刻すぎず面白く、なおかつ、学校での海外ルーツの子どもが直面する問題や、受け入れ側の問題を盛り込んだお話にしよう。そう思いました。

物語にするにあたっては、とくにムスリムの子どもを主人公のひとりにすえることを決めました。

読者となる子どもたちの多くにとって、わかりやすく「差異」を提示できると考えたのが理由の一つ、もう一つの理由は、単純に私自身がいずれイスラム教をテーマにした小説を書きたいと思っていたからです。

 

本作の取材のために、田中宝紀さんが代表を務められるYSCグローバルスクール(https://www.kodomo-nihongo.com/index.html)にも取材に伺い、たくさん勉強させていただきました。何より、実際にスクールに通う海外ルーツのお子さんたちの生き生きしたようすを見学することで、大きなインスピレーションを受けました。

 

『となりのアブダラくん』は、あの講演に行かなければ、おそらく生まれなかった作品です。

きっかけをくれたJBBYの学びの会と田中宝紀さんに深く感謝すると共に、私も子どもの本の書き手のひとりとして、このような問題にどうやってアプローチしていくことができるか、これからもアンテナを張りつづけて模索していきたいと思っています。

 

(取材のなかで一つ思ったことは、日本の小中学校の図書館には、海外ルーツの子どもたちの読書に対応した書籍は多くはないのではないか、、ということです。そういった問題を扱った講演やセミナーがあればぜひ勉強に伺いたい!)

 

JBBYhttps://jbby.org/)では、その後も様々な子どもの問題にスポットライトを当てた学びの会が開催されています。興味がおありの方は、ぜひ調べてみてください。